Jailbreak

新しい世界の切り取り方

『重力と呼吸』はミスチルのシンプルな新しさと変わらない古さの融合だった

広告

 

重力と呼吸

 

01.Your Song
02.海にて、心は裸になりたがる
03.SINGLES
04.here comes my love
05.箱庭
06.addiction
07.day by day(愛犬クルの物語)
08.秋がくれた切符
09.himawari
10.皮膚呼吸

 

発売からちょっと経ちますが、やっと『重力と呼吸』を聴くことができたので、感想をまとめていきたい。できる限り情報を入れずに、アルバムを聴いた率直な感想を書いてみます。

 

自分の話をすると、ミスチルとは10代で出会い、自分を構成する9枚には『BOLERO』が入っているし、ミスチルの呪縛のせいで音楽への要求が高くなったりしながらアラサーになり、約20年くらいミスチルの音楽を楽しんでいる。

本当の初期からのファンではないが、ファン歴が長い方にはなるので、微妙な立ち位置ではあるのだが、その辺は気にせず書いていきたい。

目次 

アルバム『重力と呼吸』を聴いた率直な感想

まず、『重力と呼吸』を聴いた感想はこんな感じ。

・桜井さん、いつも通りよく叫んでるな

・桜井さんのギター、田原さんのギターがやけにソリッドで歪んでるな

・ナカケーのベースが派手で存在感を出している

・Jenのドラムがロックっぽっいアプローチが多いぞ

・総じて、ミスチルがロックに寄せてきたな

・もうちょっと、ダークサイドの曲が欲しかった

・生活の一部に、人生のお供に 

 

桜井さん、いつも通りよく叫んでるな

 まず、桜井さん、いつも通りよく叫んでるなと思ったのは、1曲目「Your Song」のイントロから早速叫んでいるのが気になったから。さらに2曲目「海にて、心は裸になりたがる」のサビ終わりもOH~!と歌っている。「addiction」でも合いの手はOHだったり、「himawari」のサビ前のOHあたりは小さめなのだが、しっかりと楽曲の間を埋めている。やっぱり、オープニング2曲であれだけ叫ばれると、このアルバムの印象として叫んでるな~と思わざるを得ない。

別に今までの楽曲で叫んでいないかというと、そういうわけではない。『HOME』では1曲目のインスト曲「叫び 祈り」で桜井さんが叫びまくっているし、古くは「抱きしめたい」のラスト転調後のサビでも叫びまくっている。なので、特別なことをしているというよりは、通常運転で安心したのだ。

 

桜井さんのギター、田原さんのギターがやけにソリッドで歪んでるな

なんだか、ギターが歪んでるんですよ。もちろん、後に書くベースやドラムのアプローチもロックっぽいのもあるのだが、ギターもガリガリ刻んでいる瞬間を聴いたときにその印象が強く残ったのが大きい。「海にて、心は裸になりたがる」ではAメロの2コーラス目はパワーコードでかき鳴らし、ブリッジミュートで刻むバッキングがある。「day by day(愛犬クルの物語)」のBメロでもキツくはないが、軽めに歪ませてガリガリ刻む。

ギターも基本的な役割として、桜井さんがコードを弾いて楽曲のベースを鳴らしつつ、田原さんがアルペジオやオブリガードを弾いて楽曲に彩りを出すのが基本のスタイル。今回もそういうアレンジは当然のようにしている。しかし、それだけでなくギター2本が絡んでツインリードの様なハーモニーを奏でている個所もあった。「here comes my love」の2コーラス目のBメロでは、キメの間にハーモニーを差し込んでいる箇所がある。この辺はギターが安定して歪んでいないとできない。やはり、歪んだギターはロックの象徴であり、楽曲全体をダイナミックでパワフルにする。ギターがこれだけ前に出てくるのは、小林武がプロデュースしてきた時代では少ない。これはいい意味でミスチルが打ち出した新しさだった。

 

ナカケーのベースが派手で存在感を出している

ベースだけで語れるものではないし、アルバム全体のサウンド自体のお話とアレンジの兼ね合いがあると思う。ベースサウンド自体が固めで、「here comes my love」が少し柔らか目に聞こえる以外は割と芯がはっきりして、ザラつきがあってとヌケが良いベース音だ。特にたまにベース単品で聴こえる時にその特性が顕著に表れている。ミスチルは機材に謎が多いので、完全に推測だが、ジャズべのリアをピック弾きなら近いトーンになりそうな気がする。

アレンジ的にベースが前に出るのが何回か出てきたのは、存在感を感じた。「day by day(愛犬クルの物語)」のイントロなんてその最たる例。歪んでいるだけではなく、フランジャーでシュワシュワさせちゃって、最初はちょっと笑ってしまった。変わったサウンドを聴かせようというのは、ちょっとナルシズムを感じるからなのだけど、たまにはそれくらいの自己顕示欲があった方が人間らしくて良いなと思った。「海にて、心は裸になりたがる」のド頭のAメロでもベースがルート弾きで刻んでいる中で、歌がメロディを奏でギターが絡んでる。このシンプルなルート弾きというのがまたちょっとロック魂をくすぐられる。

正直、今までの楽曲でもベースのフレーズが目立つ楽曲はあった。『Atomic Heart』収録の「Dance Dance Dance」の1番と2番の間奏でベースソロになる箇所はあるし、『 I ♥ U』の「Monster」のイントロはベースのフレーズから。だが、いずれもベースラインによるリフであり、ストレートな8分のルート弾きではない。ナカケーのベースラインは案外8分のルート弾きは少ないのもあって、ここにきてシンプルに攻めてきた感じがとてもよかった。もちろん、その他の楽曲ではいつも通り動きを出しながら、支えるところは支え、うねるところはうねりを出すベースラインは健在。

 

Jenのドラムがロックっぽっいアプローチが多いぞ

Jenのドラムがロックっぽっいアプローチが多いぞというところは、まず機材から触れていきたい。ドラムがTAMAからLudwigに変わっており、実際にLudwigのアーティストページに名を連ねている。さらにシンバルはZildjianからPaisteへエンドース契約の変更が行われている。このLudwig+Paisteの組み合わせはロックの王道中の王道の組み合わせで、Led Zeppelinのドラムジョン・ボーナムが作り出したスタイルなのだ。2016年くらいからこの組み合わせに変更しており、ライブでそのサウンドが披露されていたが、音源化されているのは、このアルバム収録曲くらいからだろうという推測。全体的なサウンド的にメチャクチャ特徴が出ているか?というと、そうでもないし、もともとこだわってドラムサウンドを作っているので、いつもと変わらない高クオリティでした。

テクニックや手数的にロックっぽいアプローチがところどころ表れている。「海にて、心は裸になりたがる」では2ビートを解禁している。この2ビート解禁はシングル「REM」のAメロやそれ以前でも『Split The Difference』の「ニシエヒガシエ」のラストのサビ2回目で倍テンで叩き実質2ビート状態のアプローチは見られている。しかし、それ以前はそれほどテンポが速い曲がなかったのもあるが、頑なに2ビートを叩いてこなかった。それが、今回はナチュラルに解禁。もちろん、2ビートだけで1曲を通すなんてことはしていないが、ちょっと大きいロックなビートとしての2ビートを入れてきたところは意外だった。もっと細かいところだと、「皮膚呼吸」の2回目のサビ後のブリッジの16ビートが始まった後の8分音符2つをスネアと共に叩くチャイナシンバルに、最後の展開に向けてスネア+チャイナシンバルの8分から32分音符の速いタム回しからスネア+チャイナシンバルの8分の盛り上がりが最高にカッコよかった。何が特筆すべき点かというと、チャイナシンバルを使っている点が1つ。今まで、チャイナシンバルはセットされてきたことがない。ポップスなら小さめのスプラッシュシンバルを使うことが多く、ロックやメタルではチャイナシンバルが使われることが多い。あの余韻の短い破裂音はやはりロック向き。しかも、その間に今まで見せたことのない早く細かいタム回し。圧倒的な勢いと今までと違うサウンドと手数のアプローチだった。他にも「Your Song」のイントロのカウントはライブでは当たり前だが、アルバム収録曲としては初めてでとてもエモいアプローチもあった。

もちろん、細かいアプローチとして、「addiction」のイントロの16分のハイハットの刻みに32分音符を加えることでリズムにうねりを与えることをしてる。「SINGLES」では通常の8ビートではなく、「名もなき詩」のようにタム回しのビートをしてみたり。これがまたイントロやサビとAメロ・Bメロのタム回しのパターンが違うので、リズム的に様々なことが詰まっているのはある意味で通常営業。Mr.Childrenのドラマー鈴木英哉(JEN)の良さを再考してみようなんて記事を書いたこともあるけど、Jenのドラムはあくまで楽曲を生かすドラムなのは変わらない。

 

総じて、ミスチルがロックに寄せてきたな

総じて、ミスチルがロックに寄せてきたなというのは、ヴォーカルは叫んで、ギターやベースは歪んでいて、ドラムは2ビートだなんて、分かりやすいロックのアプローチじゃないかと思うわけです。そもそもロックとは?なんて野暮なことは言わない。ロックの初期衝動を大事にしたアレンジではなく、ミスチルのアレンジはあくまで、作り込んだアレンジなのも確かだ。しかし、テイストとしてのロックは常に持っていて、楽曲ごとに各パートがちょっとずつロック成分を多めにしてきているということ。

やっぱり小林武がプロデューサーから退いたのが大きくて、小林武のキーボードがうるさい期間もそれなりにあった。特に『HOME』、『SUPERMARKET FANTASY』、『SENSE』あたりの頃は小林武がキーボードプレーヤーとして参加してしまっているので、彼のが強かった。そこから脱却しようとすると、ギターが前に出がちなので、よりソリッドなロックサウンドになってくるのは自然なことなんじゃないかと思う。ただ、あのアレンジのバランス感覚とクオリティが普通だったのだから、どんなに楽曲が良くても、同じ方向性で同じレベルでの楽曲やアルバムは望めないよな、と思うわけです。 結局、良くも悪くも自分もまだ小林武の呪縛から解放されていない、と実感させられるのが、ここ3枚のアルバムに共通する感想です。

全体の割合としてロック多めなだけであって、 「箱庭」はミスチルのシティポップに該当するようなホーン隊+エレピが効いたアレンジだし、「秋がくれた切符」は今までのアルバムでもあったような優しいポップスだったりした。

 

もうちょっと、ダークサイドの曲が欲しかった

これは最も個人的に思ったことだが、もうちょっと、ダークサイドの曲が欲しかった。 もっとダークサイドに落ちた曲があっていいし、腐っている曲があってもよいということ。今回のアルバム収録曲の中でちょっとダークなのは「addiction」くらいだと思う。「SINGLES」はキーがマイナー(短調)なのもあるので、暗く感じるかもしれないが、実はミスチルお得意の逆境の中のマイナスからプラスへパターン。低空飛行で、沈まず浮かばずエコに長く飛び続けるには、これくらいのスタンスでいないとねという楽曲だ。それは別にマイナスな感じではない。自分が求めるのは、『DISCOVERY』収録の「Prism」が持つキラキラ光る水面の中におぼれていくような感じだったり、『Q』収録の「Surrender」のようなどっちにいっても泥沼のようなどろーんとした感じだったり、『シフクノオト』収録の「掌」のような強い言葉の怒りだったりをイメージしていたのだ。

どうしてもミスチルの楽曲のイメージとして、希望を持つ良い曲ってのがついて回っている気がしている。それは人生の一等星になるような「終わりなき旅」や「箒星」、「HANABI」あたりの楽曲が光り輝いているからというのが大きいと思う。シングルとして売れた「innocent world」、「Tomorrow never knows」、「名もなき詩」あたりだって、実は一つの曇りもないキラキラな曲ではなくて、後ろに暗闇を抱えつつ前を向いているくらいのスタンスが実は基本なんじゃないかと思っている。だからこそ、どのアルバムにもあるダークに浸れる曲は大事にしたい。個人的に『深海』が好きなアルバムだというのも大きいと思う。

あえてそういう楽曲を入れてこなかったのか、それとも本当にそういうイメージの楽曲ができなかったのかはわからない。アルバム全体のバランスを考えて楽曲を配置することもあるだろうが、今回はあまりダークサイドに落ちるような楽曲はなかった。

 

 

 生活の一部に、人生のお供に 

 多分、まだ桜井さんの作る音楽はアルバム『HOME』くらいから日常がベースにあって、その切り取り方が歌詞の世界観になっているように思うし、実際『HOME』はそういうテーマだった。それが続いている印象がある。もともと、何かに当てはまりそうなちょっと具体的に言わないけど、いうほど抽象的でもない絶妙なところを突いてきて、それでいて歌詞の解釈は各々に任せるというスタンスはちょっとズルい。だが、勝手に解釈して勝手に楽しめるのがミスチルの良さだともいえる。

このアルバムも生活の一部として聴くにはもってこいだと思う。人生山あり谷ありなんていうけれど、案外山も谷も極端にあるわけじゃなく、若干上り坂、少し下り坂なんて日が多いと思っている。そういう日々には「終わりなき旅」のような一等星のように煌めく歌とか、「フェイク」のようにダークサイドに落ちまくる歌のようなふり幅の大きい曲は最適ではないと思う。気分が上がり過ぎもしないし、下がり過ぎもしない。そういう日常に寄り添いながら聴きやすい楽曲の詰め合わせのアルバムだと思うのだ。

 例えば、こんな風にこのアルバムの曲を聴いたら、あなたの生活の一部にならないだろうか。朝ちょっと辛い仕事が待っているけれど、天気も良いし、とりあえず駅に向かって歩き出す時に「Your Song」を聴いて、心を整える。ちょっとテストで点数が悪かった帰り道に「SINGLES」を聴きながら、心が落ちすぎないようにする。少し寒くなってきた夕方に「秋がくれた切符」を聴きながら暖かいお茶を飲んで、一息ついてみる。こんな聴き方はいかがだろうか。そんな風にこの曲はこのタイミング・シチュエーションで聴きたいなと思える曲だったと思う。

 

最後に

もう少し端的にモノを言うと、ミスチルの好き嫌いを抜きにして、フラットに買ってよいかでいうと、「日常に寄り添う曲が欲しいなら」という条件付きで買い。その観点でいいアルバムかどうかといわれると、いいアルバムだった。

大御所の新作に求めるものは何かという記事でも書いたけれど、今までとどれだけ変わって、どれだけ同じかという観点だと、『HOME』以降のアルバムの感覚と近いと思うし、そういう意味での古さはあった。そして、新しい発見もあったが、今までとは異なるタイプの楽曲があったかと言われると、完全に真新しいものは無かった。いつも通り、今までの流れ通りといえば、大枠はそうだったと思う。

ミスチルのアルバムは是非人生のお供にして欲しい。久々にミスチルの曲を聴くと、あの時あんなことがあったなと思い出すような曲があると、そのアルバムの評価は自分だけの価値のあるものになる。『重力と呼吸』はそういう曲になりそうな楽曲がつまったアルバムだった。

 

こちらからは以上です。

関連記事