映画「金メダル男」の主題歌が桑田佳祐の書き下ろし曲「君への手紙」に決定。
監督・主演の内村光良が桑田さんに直接手紙を書いて依頼したというエピソード付きの楽曲だ。
映画公開に向けて監督のウッチャンがメディアに露出していたおかげで、何度も耳にすることになったこの曲を聴いて「名曲だ!」と思ったとともに「またかよ…」とも思った。
「名曲だ!」と思ったのはキャッチーさと哀愁と青春の淡い輝きを感じたから。ただ、「またかよ…」の感想には少し説明が必要だ。
桑田佳祐とニ長調
J-POPの売れているアーティストの批判として「全部同じ曲に聴こえる」なんて言われるのを耳にしたことはないだろうか?もしくは、そのように感じることもあるのかもしれない。そのアーティストが大好きなファンからすると、どの曲も違うし同じに感じられることは少ないが、その一方であまり興味がない人からすると同じに聴こえることはある。例外としてジャンル的(メロコアやメタル等)に同じような楽曲に仕上がることもあるのである程度は仕方ない。
そんな批判をサザンや桑田佳祐のソロで良く耳にする。「桑田の楽曲はどれも同じに聴こえる」と言われるのだ。あながち間違いではないし、桑田節で歌われれば全部同じに聴こえてしまうくらいの個性的な歌声なのは確かなのだ。そして、人が歌える音域はある程度決まっており、その範囲の中で同じ人が同じ声で歌うのだから似て聴こえるのはどうしようもない部分があるのだ。
似ているのはアーティストの責任ばかりでもない。歌のキーはダイアトニックスケール*1に当てはめるとド~シまで11音あり、それに対するメジャースケール(長調)とマイナースケール(短調)があるため大まかに22パターンのスケールがある。(かなりザックリしているので、より正確に知りたければ楽典を参照していただきたい)このベースとなるスケールに対して多少音をハズすことで切なくしたり、悲しくしたり、解放感を持たせたりしてJ-POPの多くの曲はできていることが多い。いわゆるドレミファソラシドはCDEFGAB(H:ドイツ読み)となり、日本語ではハニホヘトイロハと対応している。対応はこんな具合だ。
Cメジャースケールはハ長調だし、Aマイナースケールはイ短調となるわけだ。22種類の形から多少変更しても大きな違いにはならないし、音域の問題もあるので使える音も限られてくる。これではある程度同じに聴こえるのが仕方ないと思う理由の一つだ。
「自分は君への手紙」を聴いてこの曲(少なくともサビ)がDメジャースケール(ニ長調)であることは割とすぐ耳コピできた。この辺は絶対音感というよりは相対音感があるお陰で分かるということで、本題とはあまり関係ないので省略する。
完全に独断と偏見だが、ニ長調の桑田作品は名曲が多い。つまり、「また(ニ長調で作った名曲)かよ…」と思ったのだ。逆にニ長調なら何でも名曲にしてしまうんじゃないかと思うくらいだ。ギターのローコードでDを鳴らしてみると分かるのだが、なんとも爽やかな雰囲気を持つのだ。各キーにはそのキーが持つイメージがあり、ニ長調は爽やかで軽やかなのだ。ちなみにト長調は壮大なイメージになるし、ハ長調は真っ当な雰囲気を持っていたりする。
桑田作品の名曲にニ長調が多く、「それは名曲だと思う(感じる)わけだ」と手品の仕掛けが分かったように思ったということだ。
ニ長調の名曲達
じゃあ、ニ長調の名曲ってどれのこと?と思う方もいるだろう。もちろん、この後紹介するので安心していただきたい。
サザンオールスターズとしての楽曲とともに、桑田佳祐のソロ楽曲も含むニ長調の名曲達だ。
いとしのエリー
1979年の3枚目のシングル。サザンと言えば!?と訊かれると答えられやすい曲でJ-POPのスタンダードナンバーになっている1曲だ。そして、ドラマ『ふぞろいの林檎たち』の主題歌のイメージも大きいのではないだろうか。
エリーが「エリッククラプトンだ」とか「桑田さんのお姉さんのエリさんから由来している」と色々言われていたが、実は全然関係がなかったりすると桑田さん本人がラジオで明かしていた。
AメロからⅠ→Ⅶ→♭Ⅶというラインを効かせて切なさを演出し、サビでは王道のⅣ→Ⅴ→Ⅲm→Ⅵmの代理コードを使ったⅡm9→Ⅴ7→Ⅲm7→Ⅵmを使っているあたりでこの楽曲のスタンダードたる所以が分かる。
平井堅やNOKKOやBENIの他にレイチャールズにもカヴァーされているこの楽曲は曲全体を通してニ長調だ。
真夏の果実
サザンオールスターズ28枚目のシングルであり、桑田佳祐監督の映画「稲村ジェーン」の主題歌。この曲はファン投票1位を獲ってしまうくらい人気の曲で代表曲の1つである。「稲村ジェーン」のサウンドトラックとして同名のアルバムが発売されており、その中に収録されている。
この曲の編曲はサザンオールスターズと小林武。小林武といえばMr.Childrenのプロデューサーとして有名だが、映画「稲村ジェーン」では音楽監督として関わっている。
そのお陰なのか、アレンジは全体にポップで静かなさざ波のようにとても爽やかに仕上がっている。サザンのバンドサウンドを前面に出したものではないが、これはこれとして受け入れざるを得ない説得力を持っている。
最後にニ長調からホ長調に転調するので全てニ長調ではないが、曲の90%以上がニ長調だ。
TSUNAMI
44枚目のシングルで、元々は福山雅治の「桜坂」で有名になった『未来日記Ⅱ』で使用された曲。「桜坂」といい、「TSUNAMI」といい名曲が生まれたのが『未来日記』シリーズだったなと今となってはスゴイことだなと思えてくる。それを示すように売り上げ枚数は累計293.6万枚(オリコン調べ)という驚異的な数字を叩きだしている。
「見つめあうと素直におしゃべりできない」や「想いではいつの日も雨」と口語なのだけど印象的で気持ちも景色も切り取ったキャッチフレーズを入れてくるあたりが売れた理由の一つだと思うし、何と言ってもコード進行がズルい。前述の「真夏の果実」でも使用しているⅠ→Ⅴ7→Ⅵm→Ⅰ7という進行を使っていて、最後のⅠ7の7thの甘さと言ったらない。こういう隠し味があっての名曲だということを忘れてはいけない。
LOVE AFFAIR~秘密のデート~
41枚目のシングル。AメロBメロと男の心情を歌っている一方でサビでは横浜を中心としたデートスポットで楽しむ流れがあり、こんなデートを想像してしまう楽しみがあるのが特徴。きっとサザン好きなら1度はやってみたいLOVE AFFAIRデートなんじゃないだろうか。そして、イントロとアウトロの歓声はサザンのライブのものではない。これは桑田さんがラジオで「サザンにしてはちょっと黄色い歓声なんですが、これはサザンのライブのものじゃないです」と発言している。自分は疑似ライブ体験としての歓声はこの曲くらいしか知らない。
アレンジとして、イントロのスピード感をAメロやBメロで半分のビートにすることで落ち着けることはある。この曲もAメロの前半やBメロで使用することで、サビの盛り上がりとワクワク感を演出している。コード進行もⅠ→Ⅲ7→Ⅵm→ⅠというTSUNAMIの展開系でありつつ、Ⅰ→Ⅲ7という切ない流れによってただのデートスポットの紹介にせず、その場所で感じる相手への愛おしさをしっかりと表現している。
切なくてキャッチーでそれでいて爽やかで軽やか。テンポが早いことやコード進行とニ長調の持つ雰囲気が成せる業が垣間見れる曲だ。
希望の轍
前述の「真夏の果実」が収録されているアルバム『稲村ジェーン』に収録されている1曲。名義はサザンオールスターズではなく、桑田佳祐以外は参加していない稲村オーケストラとなっている。「真夏の果実」同様に編曲は小林武が関わっており、キーボードは小林が担当している。個人的に大好きな曲であるのだが、シングル発売されていないのが驚きなくらいの名曲だと思っている。
イントロがエレピで始まり、次の展開でBm(ロ短調)を思わせるマイナーの響きを利かせることでより切なさを演出。また、Bメロの後半(1番だと「振り返る度に野薔薇のようなBaby Love」付近)にⅥ♭→Ⅶ♭→Ⅰというモーダルインターチェンジを使用しつつ、Ⅰに対してダイアトニック以外で盛り上げる手法を使っている。これはブリッジにも採用されており、この曲のスパイスとなっていることは確かだ。
何より、サビがニ長調ではなくハ短調の進行になることで、夢への厳しさとそれでも突き進んでいく姿を連想させてくれる。ちなみに、ニ長調とロ短調は平行調なため、行ったり来たりすることはあるのだ。
ニ長調の曲ではあるが、イントロの後半やサビのロ短調のマイナー感が悲しさではなく厳しさを表しているように聴こえてならないのだ。
波乗りジョニー
桑田佳祐ソロとして6枚目のシングル。サザンオールスターズサザンオールスターズの作品ではないのだが、夏の海を連想させてくれるいかにもな作品となっている。PVがかなり作りこまれており、見ごたえのある作品になっている。
イントロのピアノの爽やかさとハイハットを8分16分の組み合わせで刻むことで前へ前へと気持ちが走る感じから始まり、スライドギターが入って夏っぽさが一気に増すという何ともズルいアレンジが施されている。この曲のBメロも「希望の轍」同様に前半はテンポが半分になる。それだけ常套手段として使われるアレンジだということを理解していただければ十分だ。
サウンド全体もホーン隊とストリングスとパーカッション(グロッケン、タンバリン、ティンパニ、カスタネット等)とかなり豪華に音が重ねられている。しかし、壮大でへヴィに仕上げるのではなく、あくまで軽快で爽やかに仕上がっているのがこの曲のアレンジの良さなのだ。
コード進行的にはパッヘルベルのカノンに由来する「カノン進行」と同じく綺麗で定型的なコード進行になっているので、このコード進行にして名曲にならなかったらミュージシャンを辞めた方がいいくらいの手法。もちろん、名曲にしているからその辺は問題ない。
夏の切ない恋とそれを爽やかにぶっ飛ばしてしまう爽やかさはニ長調とアレンジのたまものだ。
いつか何処かで(I FEEL THE ECHO)
桑田佳祐ソロ作品2作目。この曲にも小林武が参加しており、どこか「希望の轍」と同じのエレピなんかのキーボード臭がする。歌詞は桑田佳祐お得意の恋愛ダメ男が描かれている。桜井和寿や最近だとback number辺りが描く女々しい男の始まりが桑田佳祐なんじゃないだろうかと思えてならない。
そんなダメ男の歌はサビが何とも切ない。これもコード進行に如実に現れており、Ⅰ→Ⅰaug→Ⅰ6→Ⅰ7という展開なのだ。Dで言うと、A→A#→B→Cという五度上昇型のクリシェを使用しているところがポイント。こういった音楽理論は実際に聴いてみて感じてみるととてもよくわかる。音楽の理論は感覚が先にあることも多く、後から名前が付けられていることがあるので、聴こえてくる音の聴こえ方に注意を払うことはとても大事だ。
いつぞやに出会ったあの人を思い出して、それじゃいけないと顔を上げる姿とシンセや空間系エフェクターの効いたギターがちょっと妄想と現実の間をいい具合に表現しつつ、ちゃんと切なさを持っている楽曲なのだ。
最後に
久々にサザンや桑田佳祐作品と聴きながら細かく聴きつつ分析をしてみたが、やっぱりいい曲だなと思い知らされた。それは、サザンの影響を受けてできてきた音楽を聴いてきてちょっとルーツに返った気がするのがある反面、新しさを今でも感じさせてくれる楽曲であると思わせてくれたからだ。
やっぱり、音楽は新しければ良いわけではないし、古いものが一律素晴らしいわけでもない。だからこそ、昔売れた(今も売れていても良いのだが)アーティストの楽曲へ何を期待したらよいのかと考えてしまったこともある。
結局のところ難しく考える必要はなく、今のあるがままで音楽を聴いて良いと思えるかどうかということだけで良いのだ。それは自分が変化したり環境が変化したりすることで変わっていくし、要因が変わっていくことも含めて自分の中の音楽の評価が変わってくことを楽しめればよいのだ。
「君への手紙」は間違いなく名曲なのだが、今までの功績を考えると余計に説得力が増す。今までの功績は根拠にはならないのだが、積み上げてきたことは確かなこととしてとらえつつ、新しい作品を受け入れていけばよいのではないだろうか。
こちらからは以上です。
*1:全音・全音・半音・全音・全音・全音・半音とならんだ音階