たくさんの演奏家に愛される楽曲がある。
それはとても優雅で、それでいて内に熱さを抱えており、人の心を掴んで離さない。
そんな楽曲は聴く人の心を打つ。
Chick CoreaがReturn to Foreverとして1973年に発表した『Light as a Feather』に収録されている「Spain」がそんな1曲だ。
今回は1粒で何度もおいしいJazzのスタンダードナンバー、「Spain」を紹介する。
Chick CoreaとReturn to Forever
Chick Corea(チック・コリア)はアメリカ出身のピアニスト、キーボーディスト、作曲家。
1964年頃からミュージシャンとしてのキャリアをスタートさせ、1968年にMiles Davisのバンドに参加するようになる。
その後いくつかのグループに参加し、1971年にベーシストのStanley ClarkeとReturn to Foreverを結成する。
Return to Foreverは大きく分けて4期に分かれるのだが、興味がある方はwikipediaを見てみるとよいかもしれない。
そのReturn to Foreverが1973年に発表した2ndアルバム『Light as a Feather』に「Spain」は収録されている。
当時Return to Foreverはラテン音楽を取り入れ、Jazzだけに留まらないクロスオーバー・ジャズを展開していた。
チック・コリア自身、イタリア系の血を引きラテン色が出るのが特徴。
チック・コリアの演奏はとても軽いタッチで演奏していることが伺える。
それはバッキングはもちろん、ソロをとる時も同様。
特にローズ(エレクトリックピアノ)を弾いている時の軽いタッチの演奏は絶妙である。
スタンダードナンバーどしての「Spain」
何はともあれ、原曲を聴いてみるのが一番良い。
Chick Corea and Return to Forever - Spain
イントロはホアキン・ロドリーゴの「アランフエス協奏曲第2楽章(アダージョ)」から始まる。
元々、この曲は非常にポピュラーなクラシックであり、クラシック・ギターで始まるのが特徴なのだが、これをイントロに持ってきたチック・コリアは流石。
アランフェスが終わると、流れるようなイントロのキメから、テーマに入る。
そして、この曲の一番の見せ場のテーマ最後のキメがある。
イントロのキメもカッコイイのだが、テーマ最後のキメの方が長くより複雑。
それでいて甘美な高揚感を味わえる。
テーマ部は各楽器のソロになることもあるが、そのソロにもコードに展開があるおかげで退屈ではなく、程よい長さ。
飽きる前にテーマ最後のキメが入る。
絶妙なバランスのなせる業である。
リズムは独特のラテンのリズム。これがまた全体の雰囲気を高めてくれる。
テンポは速いのだが、軽快に進んでいく進行を支えている。
このグルーヴを感じられると、気持ちよくこの曲にノることができる。
全体のアレンジはエレピ(エレクトリック・ピアノ)・フルート・ベース・ドラムと一部ヴォーカルが入る。
チック・コリアの弾くエレピがとても軽やか。
フルートも優雅にテーマを奏で、彩りを加えている。
リズム隊のベースとドラムはラテンのグルーヴを支える。
Spainは絶妙な楽曲・サウンドのバランス感覚で成り立つ、キメが気持ちいいナンバーである。
演奏家から見る「Spain」
自分はロック畑が主で、ジャズ畑は正直主戦場ではない。
しかし、ジャムセッションに参加すると、Spainに出くわすことは少なくない。
ジャムセッションの曲としてはレベルが高いのだが、それが逆にちゃんとできるとカッコいい為、楽器ができる人たちに好まれる。
キメがキメられて、全体の進行を守り、終わり方さえ決めてしまえばソロを回すこともできるので遊べる曲なのだ。
楽器の構成を問わないのもこの楽曲の良さ。
原曲はエレピ・フルート・ベース・ドラムの構成だが、ギターやピアノはもちろん、ラテンのノリのお陰でパーカッションも入りやすい。
全然楽器ができない人でも、カウベルを叩いたり、カスタネットで参加なんてこともできる。
もちろん、前述のとおりちゃんとセッションを収める必要はあるが、その形を問わないのは誰がどのように参加するか分からないジャムセッションにおいては敷居が低くなる。
Spain名(迷?)カヴァー
タイトルの通り、Spainは様々な人に好きなようにカヴァーされている。
そのカヴァーのされ方を楽しんでいきたい。
①オーケストラとSpain
いきなりチック・コリアご本人登場だが、オーケストラとの共演バージョンなんてのがある。
中間部分はほとんどオーケストラ感がない時もあるので、思ったよりオーケストラとの共演意味無いじゃんと思われても仕方ない。
そんなに分厚い音が合わない楽曲なのかもしれない。
と思わせておいてのラストの展開は心躍る。
CDで聴きたいなら、「Corea.concerto」というアルバムになっている。
②ベースと歌でSpain
Chick Corea - Spain (Duo by Elin Sandberg and Tracy Robertson)
ベースがリズム隊でギターの1オクターブ下を担っているくらいにしか思っていないと、こういう編成は考えられない。
ベースがコードをある程度弾けることが前提だが、これはこれで面白い。
飛び道具的要素が満載なのだが、それでも楽曲の良さが分かるはずだ。
同じ編成で平原綾香も岡田治郎と共演してみせたことがある。
平原綾香(Ayaka Hirahara)/「アランフェス協奏曲~Spain」
③ギターのSapin
Larry Coryell、Al di Meola、Bireli Lagreneの3人のスーパーグループSuper Guitar Trio。
Al di Meolaが個人的に好きなのもあるのだが、Return to Foreverに参加していたというものあって、やっぱり一人だけ威厳があるように見えてしまう。
誰がどう仕掛けて、どう帰ってくるか。見ものである。
B’zの松本孝弘もSpainをカヴァーしている。
うるさくてゴメンねBANDとしての顔であり、鳴瀬喜博(Ba)、そうる透(ds)、難波弘之(key)が参加するというスゴイバンド。
これ以外にも松本のソロアルバム「Thousand Wave」でこれに似たハードロックなSpainが聴ける。
セッションとしてのSpainを見てきたが、そんな枠組みさえぶっ壊してくれるのが、FRIDE PRIDEの横田明紀男である。
ギター1本でここまでやられたら為す術なし。
④日本のフュージョンとSpain
本多俊之(Sax)、島健(Key)、櫻井哲夫(Ba)、神保彰(Dr)の超一流ミュージシャンが集まってSpainをやると案外お上品に出来上がる。
ミックスが悪いせいか、若干ドラムとベースの低音がスカスカなのだが、熱さよりも優雅さが前に出た演奏をしている。
こういうカラっとした風の様な演奏もなかなか良い。
その一方で、カシオペアも負けていない。
久保田利伸と土岐英史を引っ提げてSpainを披露している。
いかにも80年代後半の格好とサウンド。
多分。この時代のフュージョンが好きならドンズバ。
カッコよさよりも、ちょっとクドさが出てしまっているのがこの時代っぽさ。
⑤大御所とSpain
Chick Corea "SPAIN" from "Select - Live Under The Sky `90" Special Live.
JazzヴォーカリストのAl Jarreauが歌うSpain。
そして、Steve Gaddがドラムを叩いている。
もう、それだけで見る価値十分。
ガッドのドラムソロはお手本。
どのヴァージョンも長いのだが、Stevie Wonderにかかるとメンバー紹介になってしまう。
Stevie Wonder - Spain - Live, London 2008
これだけソロ回せるメンバーとツアーをしているのだから、超一流ミュージシャンは半端じゃない。
事前に取り決めはするだろうが、細かい音までは決めていないだろう。
多分、こういう演奏を生で見ることで普段スポットライトが当たりにくい楽器を好きになったり、始めたりするきっかけになるんじゃないだろうか。
最後に
Spainは多くの人に愛され、カヴァーされている楽曲である。
その証拠にYouTubeを探せば、プロからアマチュアまでカヴァーしている演奏が山ほど出てくる。
これこそ、スタンダードナンバーの証拠である。
聴いて楽しい、演奏して楽しいのだから当然といえば当然。
しかし、その裏付けとしてのテクニックや音楽性が問われる一筋縄ではいかないところも含めてモノスゴイ楽曲なのである。
Spainを使ってコール&レスポンスをしたり太っていて眼鏡をかけていた頃はばんばひろふみソックリだったりとお茶目な面もあるチック・コリア。
彼の人間性もあり、よくご本人登場のSpainが沢山あるのは70歳を超えてもなお世界で演奏する一流のミュージシャンである証である。
こちらからは以上です。